個人サイト Otearai Web 作者 nagura
1974年京都府生まれ
平日はサラリーマンまがいの勤務をこなすかたわら、自サイトその他で腑抜けた駄文を連ねています。現在吸っているタバコはマイルドセブン(理由は安いから)。酒を飲むと気が大きくなってマルボロを買ってしまい、翌朝後悔することが多い。
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ぼくはどちらかというと、安定した生活を求める、つまらないタイプの人間である。

当然ながら引越しなども大嫌いで、少々住みにくい現在の物件も、気がつけば7年くらい居座り続けている。そのうえ基本的に出不精だから、休日の大半は家で酒を飲むかゴロゴロするかで過ぎ去っている。旅行に出かけることも時にはあるけれど、これも何のためかといえば、旅先から帰ってきたときの「やっぱり我が家はいいなァー!」という喜びを味わうためと断言できる。

こんな調子であるから、波乱万丈の毎日なんて真っ平御免、なにかの拍子に変化のある日々が続いたりすると、一刻も早く平凡な毎日が訪れるよう全身全霊をささげて祈るのみである。まさにつまらない人間の典型例、こんな輩は平凡な日々に埋もれて、そのまま消えていくのが関の山だろう。

…というわけで ぼくにとって安定は命よりも大切なものなのだけれど、念願かなって平々凡々な毎日が長く続くと今度は、あまりにも代わり映えのない日々に辟易してくる。変化のない平和な生活に感謝する気持ちなどすっかり霧消し、ああこんなルーチンの繰り返しでいいのか? このまま人生を終えて悔いはないのか? などと思春期のような苦悩に頭を抱え始めるのだから勝手なものである

そうして日々の変化のなさが閾値に達すると、ついに行動の火ぶたが切って落とされる。それまでうっ積にうっ積を重ねていた「変化への希求」が、一挙に噴出するのである。このときのぼくは、全くの別人だと言ってもいいだろう。

どれもこれも生活に大きな変化をもたらす爆弾のようなものであるが、とりわけ大きな効果を実感できるのが、タバコの銘柄を変えてみることである。なにしろ、セブンスターに慣れきっている自分自身に、まったく予想もつかない銘柄のタバコを突きつけるわけだ。これはもはや、いつものルーチンを打ち破る、神をも恐れぬ行為である。

それにタバコの銘柄はいろいろあるから、変化の大きさを自分で決められるのがまたいい。本当に何が起こるか分からない変化など願い下げなのであって、自分にコントロールできる範囲で何が起こるか分からない、くらいが丁度いいんである。

で、小さな変化で十分という場合は、だいたいマルボロをチョイスする。セブンスターと似たような吸いごたえでありながら、みすみす30円も余計に支払っているという贅沢感と背徳感が、自らをワイルドな境地へといざなってくれるのだ。酔っ払うと気が大きくなっていつもマルボロを買ってしまうのは、アルコールが変化への希求を呼び覚ますというか、安定志向が大脳新皮質で育まれていることの証左であろう。

もう少し大きな変化を得たいときには、マルボロメンソールあたりに挑戦してみる。メンソールのタバコはスースーして寒くなるから普段は敬遠しているのだが、この寒さがむしろ頼もしく思えてくるから不思議なものである。「おお、寒いさむい…」と心の中でつぶやきながらつける一服は、なんともいえず心躍るひとときとなる。

さらに大きな変化を欲するなら、ロングピースもやぶさかでない。現在売られているフィルター付きタバコの中で最もキツいという冒険感がたまらないし、パッケージを開封したときに漂う独特の甘い匂いも、「おお、変化じゃ変化じゃ!」とはしゃぎたい気分になってくる。中島らもが愛用していた銘柄だというのも、なんとなく嬉しさに花を添えてくれる。

そして、もうどうなってもいい! くらいの狂おしい希求に駆り立てられる日は、エコーや峰などの「よく分からない銘柄」を衝動的に手にしていたりする。ここまでくると、味を楽しむなどという感覚は消え失せ、どちらかというと捨て鉢な精神状態と言ったほうがいいかもしれない。吸ってみると案の定よく分からない味わいで、「ああ、よく分からない! よく分からないぞーっ!」と、その非日常な雰囲気を存分に満喫することになる。

…こうして生活の大いなる変化を感じることができたら、すっかり満足して、再び何週間とも何ヶ月ともつかないセブンスター生活へと戻っていく。ただこれだけのことで人生に波乱万丈を感じられるのだから、実に安あがりな人間だよなァと思う昨今。