- 個人サイト Otearai Web 作者 nagura
- 1974年京都府生まれ
平日はサラリーマンまがいの勤務をこなすかたわら、自サイトその他で腑抜けた駄文を連ねています。現在吸っているタバコはマイルドセブン(理由は安いから)。酒を飲むと気が大きくなってマルボロを買ってしまい、翌朝後悔することが多い。
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先日、京都から博多に出向くため久しぶりに新幹線に乗ったら、こんな「喫煙ルーム」が出現していたので驚いた。

車両のデッキ部分にわずか一畳分ほどの気密スペースが作られている。「タバコを吸いたい人はここでどうぞ」というつもりらしいが、その代わり、喫煙ルーム以外は座席もデッキもすべて禁煙とのこと。
新幹線でタバコを吸おうと思えば、このトイレみたいな狭苦しい空間で吸うしかなくなったわけだ。嫌煙ムーブメントもここまできたか…と思うばかりである。
実を言うと、ぼく自身は新幹線では禁煙席に乗ることにしているので、完全禁煙化になったところで個人的に痛いわけではない。こういうことを言ったら言ったで、「喫煙者のくせになんで禁煙席に座ってんだよ!?」とよく分からない非難を受けることもあるが、それこそ個人の自由である。タバコは空気のいいところで吸うから美味しいんであって、不十分な換気能力しかなく煙がモウモウとこもるような新幹線の車両で吸いたいとは思わない。
こういうことも言ったら言ったで、「好きで吸ってるくせに他人の煙はイヤだとは、なんと自分勝手な!」と目を三角に吊り上げる御仁がいらっしゃる。しかし、これもまったく的外れなご指摘である。たとえば個人で花火を買って楽しんでいる人に「騒がしいうえに煙たくて仕方ないから密室でやれ!」と言えるだろうか。はたまたドライブが趣味だという人に「排気ガスが臭いからマフラーを車内に引き込んで走れ!」と言えるだろうか(こんなことしたら死んでしまう)。
娯楽も含めて我々の活動は、多かれ少なかれ他人様に迷惑をかけるものなのだ。花火にせよドライブにせよ、自分も誰かに迷惑かけてるかもしれないけれど、その代わり他人からの迷惑にもある程度は目をつぶるよ、という相互寛容によって我々の社会は成熟してきたのではなかったか。
今のご時世、分煙を進めなきゃならないのはある程度仕方ないとしても、新幹線のこの喫煙ルームはなんだかなァ…と思わずにはいられない。ゆったり一服つけるという本来のタバコの意義なんてそっちのけで、まるで薬物摂取コーナーみたいに扱われている現状に対して。
いまの新幹線があるのはそもそも、タバコのおかげだという側面もある。膨大な赤字を抱えて財政破綻した旧国鉄を民営化した際、その主な財源に充てられたのが増税されたタバコ税で、その中から数千億円が拠出された経緯があるのだ。なのに、そのJRが喫煙者をこれだけ冷遇している現状は、不条理と言わずしてなんと言おうか(JR側はこれでも精一杯折衷したと主張しそうだけれど)。
いやまァ、いくらタバコ税を支払ったからといって、消費者がJRに対する発言権を得るわけではない。それは分かっているけれど、でも人としての仁義というか道理としてどうなんだろう。分煙を徹底していくという方針は避けられなかったとしても、エアカーテンを付けるなり、換気効率をもっと高めるなりして、嫌煙者も喫煙者もお互い快適に過ごせる空間を提供できなかったんだろうか。
少なくともぼくは、こんなトイレみたいな見世物小屋みたいな喫煙ルームでタバコを吸うつもりはない。喫煙者としての節度とプライドは持ち続けていたいと改めて思った一件。
まったく…馬鹿にするな!!
