都内のとある酒場。
店の隅にある古い木のテーブルで、FとNは黒ビールのパイントグラスを合わせて再会とお互いの健康を讃えた。
Nはジャケットの内ポケットから取り出したシガーチューブのキャップを開けながら 「Pが遅いな」とつぶやく。
「すこし遅れると、さっき電話があったよ」Fがポーチから木目のきれいなパイプを取り出しながらいう。
ヘッドを素早くカットし、長いマッチで器用にフットを焦がし始めるN。綺麗にカーブを残したヘッドを口に運び、ゆっくりと煙を吸い込み、一瞬口に溜めた後少しずつ口を開き煙が立ち上るままにまかせる。
「ああ、美味い。生き返るなあ」
「ねえ、N、もうちょっとマシな表現はないのかい。陳腐だよ」
パイプに煙草を詰めながらFがつぶやく。
「オレはただ素直な気持ちを口にしただけだ。それよりお前のその爺臭いパイプはなんとかならんのか」 Nがやりかえす。
ボールトップにマッチをかざし、吸い込みながらFが睨む。
「君にはこの優雅なシェイプとそれにマッチした煙草の香りが解らないのか?まったく40歳にもなって葉巻くわえていればカッコイイと、どこかの雑誌に踊らされているんだな」
煙をはきだしながらFがいう。
「ちょっと待てよ、オレはその手の雑誌が シガーをはやしたてる前から喫ってたぜ。パイプをくわえているお前の姿にオレの爺さんを思いだしてしまうよ」
Nはそういうと黒ビールを口にはこぶ。
「君の爺さんはきっと君が産まれる前からパイプを吸っていたはずだよ。もちろんオレ達より若いころからだ。それに日本人は昔から煙管というパイプの一種で煙草を吸っていたからな。これは自然なんだよ。葉巻みたいに歴史が浅いわけじゃない」
Fがパイプを振り回しながらまくし立てる。
「おいおい、シガーがタバコの王と呼ばれているのを知らないのか?シガーこそがタバコの王道であって、世界中の誰もが享受できる芸術なんだぜ。パイプなんてみみっちいものと比べてくれるなよ」
「芸術だなんて、この美しいパイプも理解できない君が口にできる言葉じゃあない。パイプは道具に芸術性があり、その喫煙方法にも高度なテクニックが要求されるものなんだよ。ただ火をつけて吸えばいいってもんじゃない」
「道具っていうのはね、平和で金があればどんな分野の道具だって芸術になっちゃうんだよ。それに比べてシガーというのは純粋にタバコだけで勝負しているからな。不必要なものを一切排除した、自然界に存在する最も高貴な植物のポテンシャルを最大限に引き出せるデザインがこのシガーなんだよ。」
二人の議論は止まらない。
「よう、お待たせ!」
二人が振り返ると、Pがニコニコしながらテーブルの脇に立っていた。
「成田から直行したけど、道が混んでいて遅れちまったよ。なんか楽しそうに飲んでたな。どんな話題で盛り上がってた?」
席につきながらウェイターに同じものを、とPが注文する。
「いや、べつに…」
おとなしくなるFとN。
「コイーバの香りだな、オレもそれ大好きだよ。たまにはずれもあるけどね、今日のはあたりだろ?N」
運ばれてきたビールを持ち上げて乾杯、と声をかけるP。
「お、Fの持ってるパイプってT氏のハンドメイドだよな、いいねえ、ダニッシュの伝統を踏まえたうえで自由度の高い表現。緊張感があるね」
というPに、二人は黙ったままだ。
「で、Pよ、今日は何を吸うんだ?」FとNが同時に尋ねる。
「オレか?オレの今日のタバコはこれだよ」
と見慣れないシガレットを取り出し、火を点ける。
「シガレットかよ」またFとNが同時に声をあげる。
「ニューヨークに行ったら必ずこのナットシャーマンMCDを大量に買ってくるんだよ。お前らの分もあるからな。とりあえず一本やってみろよ」
Pが箱を開けて焦げ茶色の巻紙のシガレットを勧めた。
二人はシガーとパイプを置いてシガレットを一本ずつ受け取る。
「ああ、これは美味いな」とN。
「良いヴァージニアを使ってるよ、確かに美味い」Fも感嘆の声をあげる。
「だろ?昔は日本にも入っていたんだけど、今は買えないからな。向こうに行った時に買いだめするんだよ。ところでさっきは何の話で盛り上がってたんだよ。オレもまぜろよ」二人をかわるがわる見ながらPが問う。
「いや…」とF。
「別に…。 ただ、お互いの吸ってるものを誉めあっていただけだよ。たいした話じゃない」慌ててNが取り繕う。
「なるほど、確かに二人とも美味そうなもの吸ってるもんな。どうだ、ちょっと交換して試してみろよ」
Pの勧めに、抵抗を感じながらも二人はシガーとパイプを交換する。
はじめにNが声をあげる。
「ああ、すごいアロマだ。複雑でハーブや花のような香りを感じるよ。しかも煙草感
も強い。これは酔えるな」
パイプを手にしてFが目を閉じながらつぶやく。
「手のなかに抵抗無く収まるし温かい。口にくわえていても重くないし、違和感がないよ。この薫製みたいな煙草の香りもオレは好きだな」
「サンキュー」お互いのタバコを戻す。ちょっと目が合う。
『ごめん』と声に出さずにつぶやく。
いつの間にかテーブルには3つの新しいグラス。琥珀色の液体が満たされていた。
「お土産のバーボンだ。さっきマスターに預けておいたんだ。珍しいカスクだ。これは効くぞ」
Pがグラスを持つ。
「改めて、再会に!」
「酒に!」
「タバコに!」
その夜3人が明け方まで杯を重ね続けたことはいうまでもない。
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