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皆さま、明けましておめでとうございました。今年こそ、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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正月は実家に帰っていたのだが、時間をもてあました末、学生時代まで使っていた自分の机を物色していたら、懐かしいものが出てきて嬉しくなった。

高校一年のときに背伸びして買ったジッポーである。軟弱なヘタレだったくせに、「剛の男」への憧憬だけは人並み以上に持っていた当時、ジッポーは数千円の出費だけで手に入れられる、あつらえ向きの「剛の男グッズ」だったのだ。
あのころ人気だった、『プラトーン』や『ハンバーガーヒル』といった戦争映画に登場する兵士のジッポーがたまらなくかっこよかった。胸ポケットに入れていたジッポーのおかげで被弾しても命拾いした兵士のエピソードなども大好きで、真似して胸ポケットにジッポーを忍ばせて登校したりしていた。授業中も、「いま胸に弾丸が命中したら、コイツのおかげで助かるんやなァ...」と一人で悦に入りながら、授業なんてほとんど上の空だった。
高校の授業中に何がどうなったら胸に弾丸が命中するのか皆目分からないが、ジッポーを持っているだけでこれだけ楽しめたのだから世話はない。
ただ、いくら毎日持ち歩いていても、使い道がないから物足りなくなってくる。持っていると何かに使いたくなってくるのが人の常なのだ。
そこでまず、タバコを吸えるようになるぞ! という目標を立てて練習した。結局は悪友のK君と一緒に吸い始めたのだが、吸ってみようと思ったそもそもの発端は、「せっかく持っているジッポーを使いたいから」というものだった。今にして思えば、こんなヤツは剛の男でもなんでもないし、むしろその対極だと断言してもいいが、当時は「ジッポーを持っているうえにタバコまで吸えるようになったら最強やんけ!」と一人でいきがっていた。心底の莫迦である。
かくしてタバコを吸えるようになって当初はすっかり満悦していたのだが、次第に物足りなくなってきた。戦争映画の中では火薬に火をつけたり、焚き火を起こしたりするためにもジッポーが使われているのに、ぼくなどはタバコを吸っているだけである。これでは剛の男っぽさが足りないのではないか? もっとワイルドな用途を見いださなくては真の剛の男とは言えないのではないか?
このようにな不安が募り始めるともう矢も盾もたまらなくなり、そのままワンダーフォーゲル部に入部して、キャンプやら登山やらに参加するようになった。もちろん後生大事にジッポーを携えて、飯ごうを炊くときなんかには率先して「火ならオレがつけるからっ!」と駆け寄った。周囲の部員はその度に、手にした百円ライターをおずおずと下げながら、「そ、そんなに火をつけたいならどうぞ…」と怯えながら譲ってくれた。
火だけは何があってもオレに付けさせろ! と言って聞かない新入部員。みんなから恐れられるのもある意味当然であるが、これで剛の男が上がったと錯覚していたのだから、いよいよおしまいと言うしかない。
しかし振り返ってみると、タバコを吸い始めたり、ワンダーフォーゲルで山に登りはじめたりした原動力になったのだから、ジッポーも侮れない。
…実家の机で見つけた当時のジッポーに注油して着火してみたら、オイルと煤のにおいがぷうーんとして、たまらなく懐かしい気分になって、上述のようなエピソードをいろいろ思い出したという次第。
このジッポーは持って帰って、「自分への見せしめ」として時々使うことにしようと決めた。
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